間奏曲(散文詩第一稿)

男はホームのベンチに座って電車の来るのを待っていた。そばに天使が来て座ったが、それは黒髪と焦げ色の膚の外国人女性のようにしか見えなかった。そして天使が口を聞き、そして男の心臓を蒼ざめさせた。このようなことを言ったのである、天使は。それは確かに男にとって最後通告に違いなかった。何故天使だと分かったのだろう?    男はこう言われたのだ。

「死ぬ準備をなさい。あなたの全てが愚劣です。あなたの放つ負の悪臭が周囲までをも腐らせている。生まれて来たのが間違いでした、あなたの場合。受け入れて死になさい」

そして天使は男を置いて歩き去った。その日から、男は自分の地位や財産を呪うようになった。それらは男のこれまでの人生の反映、ありとあらゆる手を尽くしてかち得た人生の大半を占めるもののシンボルだった。だが、天使は他の資産家の前には必ずしも現れていないはずである。男は何かを誤解していた。はた目には明白すぎる何かを。

 

 

天使「緑色の光芒を放つ宝石。朽ち果てた雑居ビルの最上階の壊れた床に埋まって見える。床の壊れた部分から一部見えるの。それはかつては海底にあったもの」

天使「世界より海が広いわ」

天使「死と宇宙」

天使「トリックよ、何らかの」

天使「歴史があるはず、その宝石には。A地点からB地点。そのあいだに望まずして通過した時間と場所とがある」

天使「酸素のようにゆき渡るもの」

天使「歴史」

天使「死と同様にして」

 

 

男は死ぬことは出来なかった。何故そんなことが出来るというのか。ただ、自分の持つ一切が空虚なものであることに気づき始めてしまったのだ。全て。生涯かけてかち得たもの全てとその生涯そのもの。全てが徒労だったのだ。そう思えた。何か途方に暮れたように立ち尽くした。高級マンションの家具と電化製品ばかり立派な部屋の虚空の募る一隅で。一方その頃、天使は海峡に架かる橋を徒歩で渡っていた。歩いている者は他にない。走行する自動車の淡々と流れゆく配列。誰一人気づかなかったろう、そこに天使がいたことに。眼下には海。

 

 

海。

 

 

                                                      (澁澤政裕)

初稿。ちょい雑かも。初稿はそういうものだけど。時間を置いて直し。

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