九月七日 (雑記)

恐らく彼は或る程度のところまで来ている。或る階梯の或るところまで。それ故に彼は言うのだ。彼は自分のいずれ辿り着く場所をぼんやりと意識し始めていた。彼は言う。

「確かに金は必要なものではあるでしょう。でも世の中には、金に眼の色変える輩というのがごまんといるんです。それが分からない。いや、分かるけど、おれには彼らの気持ちが本当に解ったためしがない。たぶんかつて一度もないのでしょう。金儲けのために躍起になる人々、或る人はそのために道を踏み外しさえする。彼はそれで何を得るのか?    彼がものの価値を知っている人間とは到底思われません。そうでしょう?    おれの彼らを理解しようという試みは大昔に失敗に終わりました。何だろう、諦めの数が多すぎて、それでも絶望はしていない自分が不思議に思えます」

根源。生命の、宇宙の、自分自身の。それを見極めることは至難の業で、彼にはまだよく分からない。人生などはちっぽけなもの、何ほどのものでもない。そのことならば知っている。

彼女のほうも、そのことならば知っている。彼女のほうがずっと単純な分、或る意味で彼よりも悟った場所にいるだろう。

「みんな死ぬ。そういうシステム」

彼方は途上の前方にある。そう彼が日記帳にしたためたのは、今年五月のこと、その時彼は眠かった。そのことを記憶している。

「みんな死ぬ。そういうシステム」

当時の彼の(おれの)日記を引用しておこう。

 

〝彼方は途上の前方にある。後方にあるのはきっと恥と過ちと誰もいない教室ばかりだ。教室?    懐かしい顔と声とはすでにそこにはいないのだから。もう一度会いたい人。未来永劫好きじゃない人。彼方、途上、今。流れるよりももう少し着実な歩行なのである。だが運命は人間の手中になどない。ない〟

 

                                                      (澁澤政裕)

前入院した時もそうだったけど、気ままに書き散らしたくなる。もうすぐ退院だけど。

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